シティホテルへ向かう車のフロントガラスを、土砂降りの雨が叩きつける。
おそらく今年一番の大雨だろう。
ワイパーがまったく追いつかず、夜の視界が危うい。
「チッ、こんな日に...」
溜息まじりに吐き捨て、咥えた一本のマルボロメンソールにそっと火を灯した。
(見頃も過ぎたし、この雨で桜も散ってしまうなぁ...)
煙草のフレイバーが肺に渦巻く間そんなことを考えると同時に、今日の依頼が依頼だけに、波乱の予感がキリキリと胸に芽生えていた。
「良い方に転ぶといいが・・・」
つぶやきながら、煙をゆっくりと吐き出した。
宴会終わりだろうか、ホテルのロビーは背広姿の中高年で賑わっていた。
人混みを縫うようにすすみ、エレベーターで依頼者が待つ部屋のフロアに辿り着く。
上質なカーペットの上をコンコンと歩きながら、指定されたお部屋番号を探した。
(ここか・・)部屋の前で一つ深い呼吸をしてドアをノックすると、程なくして扉の隙間から黒髪の女性が顔をのぞかせる。
20代半ばだそうだが、見方によってはもっと幼くもみえた。
彼女に勧められた椅子に腰掛け、さっそくカウンセリングを始めた・・・
はじめてご相談させていただきます。
エッチが気持ちよくなくて、困ってます。
こんなお悩みが寄せられたのは施術の1周間前、ちょうど桜が咲き乱れる時期だった・・・
まさに
性感開発、
セックスセラピストとしてのご依頼だが、この種の
不感症セラピーはマニュアル的なテクニックだけで解決できるものではなく、正直難しい分野でもある。(もちろん高い技術は不可欠です。)
自分の対応次第では一切が徒労に終わったり、この体験がクライアントの
性感脳を逆に閉ざす方向に働いてしまう可能性も捨てきれないからだ。
できるだけ依頼者のバックグラウンドを理解し、お悩み解決の糸口を探ることが重要で、施術前のカウンセリングですべてが決まると言っても良いかも知れない。
話によると経験人数は3人で、今まで全く気持ちよくなかったそうな...
現在も”自称”テクニシャンの彼氏が居るが、彼氏さんに「気持ちいい?」と聞かれ、一度頷いてしまったが最期、以後、彼とのセックスが苦痛でしょうがないという。
とくにトラウマになるような経験は無く、一人エッチではある程度気持ち良くなってイクことも出来ると聞いて少しばかり安心した。
おそらく体質が原因の不感症では無いからだ。
ベッドにうつ伏せになってもらい、
アロマオイルマッサージをしながらも更にカウンセリングをつづた。
面と向かってよりも、この方が心を開きやすいかもしれない。
「ご両親は、性に対してオープンでしたか?」
「いいえ・・そう言う話は一度もしたことがないです。」「そうですか・・」
心因性の不感症の原因は、大きく分けて三つある。
一つ目は、『 育った環境 』。
日本人の国民性だろうか。多くの家庭では何故かセックスをある意味でタブー視していて、子供の性への目覚めをなるべく遅らせているように思う。
つまり、性に閉鎖的な環境で育った人は、性感に対して無意識にネガティブな感情が割り込み、感じにくくなってしまう傾向があるのだ。
二つ目は『性格』に起因するもの。
気を遣い過ぎたり頭でっかちになってしまうと、同じように性感にノイズが割り込んで快感を弱めてしまう。
そして三つ目が、自分が介入できる唯一の領域。その場の『シチュエーション』である。
今日はある意味で非日常。
変に気を使わなくていい、見ず知らずのお兄さんが彼女をカーマ・ワールド(究極の性感の世界)へとお導きいたしましょう。
「それでは、性感施術を始めますね。気遣いや演技は不要ですので、ありのままを感じて頂ければと思います。」
「はい・・演技とかできないので大丈夫だと思います。よろしくお願いします・・・」彼女の性感脳を目覚めさせる自信は十分にあった。
窓の外から街の光が小さく差し込み、身体の輪郭をうっすらと浮かび上がらせている。
まずは5本の指先でお尻を軽く撫でてみた。
「フフッ・・・少し・・くすぐったいです・・」もちろん想定内だ。
未開発で性感脳を閉ざした今の彼女にとっては当然の反応でもある。
皮膚からの感覚は、同じ刺激であっても、快と不快の両方感じうる。
極端に言えば、SMクラブで熱いロウを身体に垂らされることも、SM好きな人には快感になるように、どちらを主に感じるかは脳によるチューニング次第なのだ。
そしてこれは他の性感帯にも通ずる、性感開発の原理原則でもある。
仕切り直し。
今度は手のひら全体を使って腰から背中にかけて、肩から腕へ、彼女の身体を包み込むように愛撫していった。
愛撫の手はやがて乳房にさしかかる。
ここは未成熟な性感脳でもわりと感度が良い性感帯なので、最初のように指先が微かに皮膚に触れるくらいのタッチ(カーマタッチ)で指先を滑らせるように愛撫していった。
先端のツボミを中心に、指先は乳房に円を描いていく。
最初は無反応の彼女だったが、指先が乳首に近づいていくと体は小刻みに震えだし、こころなしか息が荒くなっているようだ。
指先は先端に当たりそうになりながらも、ギリギリそばをかすめて通り過ぎていく。
高まった期待は裏切られ、強張った身体からガクッと力が抜ける。
焦らすほどに期待は膨らみ、感度は少しずつ増していくのだ。
人差し指と中指、2本の指が突起のすぐそばで軽やかにダンスを踊る。
「きみも一緒に踊ろうよ」「そろそろ花ひらく時間だよ」
咲くことを拒むかのように、ギュッと縮こまる
蕾に囁きかけた。
そう、新しい世界に入っていくのは怖いよね・・
それはとても勇気が要ることなんだ・・
でも最初の一歩を踏み込んでしまえば、そこにはきっと素晴らしい世界が待っているよ・・そんな気持ちを指先に込めて、そっと蕾の先端に触れた。
「んっ・・」震える口唇の隙間から微かに湿った声が漏れ出す。
中指の腹で乳首の頭に小さな円を描いていく。
出来る限りゆっくり、指先の動きを彼女が想像できるスピードを意識して・・
気がつけば、小さな蕾はわずかばかり膨らんでいるように見えた。
みずみずしく屹立する先端に舌先を這わせる。
「うっ、うぅ・・・」やわらかい舌が蕾を包み込んだ。
乳首を含んだまま舌をゆっくり回し、快感の渦を巻き起こす。
彼女は口に手を強く当て、声が出るのを必死に我慢しているようだった。
腰に手を回し、全身の性感脳を呼び覚ますように身体を優しく愛撫していった。
咲きかけた蕾から伝わる快感に、淡い快感を一枚一枚積み重ねていくように・・・
その後クンニリングスや膣マッサージ(Gスポット愛撫)などの施術を行い、性感脳の開花前線は全体に広がっていった。
施術後にベッドでまどろむ彼女の背中をカーマタッチしてみる。
1時間ちょっと前の反応が嘘だったように、彼女の皮膚は僕の指先から伝わる快感に痺れていた。
「なにこれ・・・怖いぃ」 未体験の感覚に少し怯える彼女。
「お兄さんが魔法をかけておいたから、今度彼氏と会う時までずっとこのままかもしれないね」
そんなジョークを残して、彼女の部屋を後にした。
外に出ると、いつのまにか雨は止んでいた。
もしかするとあれは、彼女を咲かせるために降った”性感の
雫”だったのかもしれない。
(終)
(注:冒頭のシーンはハードボイルドなカーマ鈴木を表現するための演出であり、実際はタバコを吸いません。)